どうながの映画読書ブログ

~自由気ままに好きなものを語る~

「バベットの晩餐会」を午前十時の映画祭で観てきました

普段ホラー系が好きな自分がなぜか好きだった作品。

リバイバル上映ばっかり観てる気がしますが、映画館で初鑑賞してきました。

人生のとても厳しい部分を描いているはずなのに、観終わったあとには晴れやかな気持ちになる不思議な魅力。

晩餐会のシーン、食事は楽しまないと言っていた爺さん婆さんがたちが美味しそうに食べまくるところでは笑いが起きていて、自分も大いに笑って泣きながら観てきました。

 

◇◇◇

19世紀後半、デンマークの小さな村ユトランド

牧師の父親の下で清貧な暮らしを送るマーティーネーとフィリパの姉妹が住んでいました。

求婚者と結ばれることもなく、持っていた才を仕事に活かすこともなく、献身的に村人たちに尽くす日々を送る姉妹。

しかし父の死後、村の高齢化が進み、自分たちも歳をとって日々の生活は厳しさを増すばかり…

そんな中ある日フランスからバベットという女性が命からがら亡命してきました。

姉妹はバベットを家政婦として受け入れることに。

14年後、バベットは姉妹の亡き父親の生誕祭を祝う晩餐会の食事を担当させて欲しいと願い出ますが…

 

一見海辺の自然が美しい村が舞台にみえるけど、実際は爺さん婆さんばっかりの閉鎖的な限界集落…中々しんどい話であります。

「あんたと浮気しなきゃよかった」「あのとき意地悪されたのまだ恨んでるからね」…過去の出来事を掘り返しては言い争う村民たち。

信仰心はどうしたのよ、と言いたくなりますが、みんな歳をとると気が短くなってくる。身体が弱ると心も弱ってくる。

かつて村に滞在し姉のマーチィーネーにぞっこんだった士官ローレンスは、結局立身出世に邁進する道を選び一角の人物になりましたが、人生に虚しさを覚えているようでした。

どんな人生を送っていても、年を経た時にふと選ばなかった方の人生が心に思い浮かんでしまう…多くの人が幾ばくか胸にしまい込んでいるものなのかも、と思いました。

 

姉妹にももっといい人生があったんじゃないだろうか…愛する人と結ばれた人生、歌手としての才を花開かせた煌びやかな人生…父親の価値観に殉じてそれが本当の幸せだったのだろうか…

そんな疑念も湧いてきて、やはり結構哀しい話でもあるな、と思いました。

自己犠牲と献身って紙一重というかなんというか、自分が望んでやったことならばと言うものの、人間そんなにキッパリ割り切れるときばかりじゃないよなあと思ったりもします。

でもこの作品には救いが用意されていて、バベットの素晴らしい料理がそんな迷いを一気に晴らしていく。

幸福な食事のひとときが魔法のように人生の良い思い出だけを蘇らせる。

食事ってほんとに大事なんだなあ、文化も宗派の壁も超えて人の心を動かす芸術の力、晩餐会のシーンにはひたすら圧倒されてしまいます。

 

「選択肢があると思うのは愚かで結局今ある人生に感謝するしかない」…将軍のスピーチの言葉は如何にも”神の思し召し”という感じで宗教的なのですが、変えられない過去をどうこう考えても仕方ない、叶わないこともあったけどいい思い出もあったさ…!!と開き直る姿が清々しいです。

老姉妹の人生は多くの人に賞賛される華やかなものでは決してなかったけれど、村で姉妹に助けられた人たちは確かに沢山いて、バベットもまさしくその1人でした。

自分が大切に思う人たちを幸福にすることができたならそれは何物にも代え難い、とても尊いことなのかもしれません。

 

将軍に再会したときに姉が向ける熱のこもった視線。

最後に妹がバベットがパリに戻る道を選ばなかったことを知って向ける少し悲しげな視線。

姉妹も口には出さなかったけれど、「違う人生」を思い浮かべる瞬間があったのではないかと思いました。

妹の方はパパンの熱烈な求愛に迷惑しているようにもみえたけど(笑)、歌の道に本当は興味があった…でもお父さんとお姉ちゃんのことを気遣って村に残ることにした…

当てた宝くじでパリに戻って「人生をやり直すこと」だって出来たのにそれを選ばなかったバベットに、芸術への道をあきらめたかつての自分の姿を重ねた妹。

神の救いの言葉を述べつつも、その抱擁には哀しみもこもっているようで切ない…人の持つ献身の精神の美しさに心打たれつつも、一抹の切なさは残りました。

夫と子供を殺され料理の腕を振るう機会も全て奪われたバベットの境遇は最も過酷に思われますが、それでも見知らぬ土地で生きることを選んだ。そして宝くじで最高の料理をつくってやるぞ!!と潔く決断した。

仕事をやり終えたあとにみせる一瞬の表情の格好よさ。

一世一代の恩返し、損得勘定など遥か超えて自分が納得できる最高の仕事ができたときの充足感。この刹那的な美しさにカタルシスを感じます。

 

「知らんもん食わされて怖いけどスルーしよう」と一致団結していた爺さん婆さんたちが、いざ料理が出てきたらめっちゃ食べて飲む姿には笑ってしまう。

物凄く食欲をそそられるけど、ちょっとグロいフランス料理の見た目も面白く、謎の生命力を感じます。

満天の星空の下で手を繋ぐ老人たちの愛らしさに心が洗われる…

穏やかな笑い声に包まれた劇場で観れて、至福のひとときでした。