どうながの映画読書ブログ

~自由気ままに好きなものを語る~

「エクソシスト」/疑問点整理&DC版・劇場公開版・原作の比較

久々に観た「エクソシスト」がとても面白かったので、原作本を再読、DVDのオーディオコメンタリーを倍速で視聴してみました。

改めてみて色々気付くところもあり、ストーリー上分かりにくいと思った疑問点と、73年の劇場公開版とディレクターズカット版の違いについてなど、思ったところを箇条書きであげていきたいと思います。

 

◆バークを殺したのはリーガン?
クリスの友人・映画監督のバークを殺したのは悪魔が取り憑いたリーガンでした。

途中カールという執事がバークと口論している場面があり、自分はこの人をかなり怪しいと思ってみてしまいました。

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原作を読むとカールには麻薬中毒の娘がいて、妻にその生存を隠しながら密かに面会していたということが発覚、事件時のアリバイが立証されているので全くの無罪です。


◆リーガンの枕元に十字架を置いたのは誰?
信仰のないクリスはリーガンの枕元に十字架が置いてあるのを発見し皆を問い詰めますが、全員否定。

ここも原作から補完するかたちになりますが、若い女性秘書・シャロンは仏教にハマっているらしいので彼女とは考えにくいです。 

麻薬中毒に苦しむ自分の娘と重ねて心配に思ったカールが置いたと考えるのが妥当ではないかと思いました。

フリードキンもオーコメで「カールかその妻のウィリーだろう」と語っています。

良くなりますようにって思っての行動で悪気があってしたわけじゃなさそうです。

 

◆マリア像を汚したのは誰だったのか?
同時進行で教会でマリア像が汚される事件が起き、警察はこちらも調査していました。 

この事件は「町から信仰が失われている」ことを象徴的に描きたかっただけで特に犯人とか粗筋に関係ないのかなと思っていたのですが、マリア像に付けられた粘土はリーガンが使っていたものと同じだそうです。(※フリードキン発言)

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同様に原作でも「リーガンが工作で使っていたのと同じ塗料がついてる」とありました。

近所の教会とはいえ子供のリーガンが夜中に忍び込んで一仕事やるのはかなり難しそうですが、出来てしまうのが悪魔の所業なのでしょうか。


◆クリスはバークと本当に付き合ってた?
小説を読んでも明確に男女の仲という描写はなく、友達以上恋人未満な関係に思えました。

しかしこういう事には子供の方がずっと敏感で、実際にそういう関係でなくてもリーガンの中で「行く行くそうなる」と思わせる何かがあったのかもしれません。

娘を愛するクリスも決して完璧な親ではなく、「もう少し子供の気持ちを省みていれば悪魔は取り憑かなかったのか?」などと思わせるところがこのドラマの怖いところだと思います。

 

◆なぜバークはリーガンの部屋に行ったのか?
シャロンが薬局に行かねばならず偶然家に立ち寄ったバークに家を任せたということでしたが、リーガンの部屋にまで行く必要があったのか??

小説を読むとバークの霊(のフリをした悪魔)が「助けを呼ぶ声がしたので部屋に行った」と語っていました。

しかし映画の方のバークはどうにも嫌な奴にみえて「業界人が娘に変ないたずらしに行ったんじゃないだろうか」「本当に自分で窓から落ちたんじゃないんだろうか」などと疑心暗鬼にさせられ、こういう不確かで曖昧なところが映画版の怖い(凄い)ところだと思います。

 

◆最後のカラス神父は自殺?
ラストシーン、カラス神父が窓から飛び降りる場面は「悪魔がカラス神父に取り憑いて自殺に追い込んだ」と解釈した人が公開当時かなりいたそうです。

確かにカラス神父の表情が、悪魔の取り憑いた顔→本人の顔に戻る。そして本人の顔のまま窓にダイブするので、「悪魔は逃げて神父だけ殺されてしまった」と思う人が多かったのかもしれません。

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制作陣の意図としては「悪魔に支配されリーガンを殺しそうになったのを自ら犠牲にすることで打ち勝ってみせた」ということらしく、自分も身を賭して少女の命を救ったのだと思ってみました。

 

◆73年公開版とディレクターズカット版のラストの違いは?
73年劇場公開版のラストでは、メリン神父が拾いそのあとカラス神父に渡ったメダルをダイアー神父がクリスに渡そうとします。しかしクリスがそれを「あなたが持っていて」と言って受け取らずに車が発車。1人残ったダイアー神父がカラス神父の亡くなった階段をみつめ思いに浸るところで終わります。

メダルはカラス神父の心、信仰心を象徴するものだと思うので、助けてもらったのにこれを返してしまうクリスが冷たく映ります。

親しい人が持っているべきと良かれと思っての行動だったとも受け取れますが…

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対してディレクターズカット版のラストは、クリスがメダルを返そうとするもダイアー神父がそれをクリスの手に戻して車が発車。

「記憶を失ったはずのリーガンが神父の襟元をみてダイアーを抱きしめる」という先のシーンも生きて、カラス神父の思い、善なる心が引き継がれた…という感じがします。

加えてカラス神父を思っていたダイアー神父の下にキンダーマン警部が現れ、2人の友情が始まりそうなエンディング。ここも一段と明るくなっていて、原作に忠実です。

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73年公開版の方は冷たく突き放した感じがフリードキンらしい。寂寞感があってこちらも素晴らしいですが、一筋希望を残したようなディレクターズカット版のエンディングの方が個人的には好きでした。

 

◆ラスト以外でディレクターズカット版に追加されてる点は?

その他ディレクターズカット版には、冒頭ジョージタウンの景色が追加され、リーガンの診察場面/医者とのやり取りのシーンが増えています。

テンポの良さは損なわれるものの、得体の知れない病に冒されているようなリアリティがさらに高められた面もあったように思います。

また所々に「悪霊の顔がサブリミナルのようにあちこちにチラッと映る」というエフェクトも加えられていました。

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「一連の出来事は悪魔の仕業」と明快にしたかったのかもしれませんが、これが返って陳腐になっているように思われます。

リーガンが階段をブリッジして降りてくる有名な「スパイダーウォーク」もディレクターズカット版のみの場面。

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自分はディレクターズカット版が劇場公開されたときに映画館に観に行ったのですが、この場面で笑いに近いどよめきが起こったのを憶えています。

怖さを強調しすぎて滑稽になってしまったような節があり、オリジナルの「悪魔の仕業なのかギリギリまで分からないリアルさ」が損なわれて、悪霊エフェクト含めここはなかった方が良かったのではないかと思いました。


◆原作はより宗教色が濃い
映画の脚本も原作者ブラッティが担当していて映画はほぼ原作に忠実な作りでした。

あえて言うなら原作はよりメリン神父のキャラクターが掘り下げられていて、信仰のテーマが強調されているように思われます。

「つまり悪霊の目標は、取り憑く犠牲者にあるのではなく、われわれ…われわれ観察者が狙いなんだと。」
「やつの狙いは、われわれを絶望させ、われわれのヒューマニティを打破することにある。」

こうした部分を読むと何となく旧約聖書ヨブ記が思い出されます。

ヨブ記では…
信仰に厚い人ヨブについて悪魔が「そういられるのは恵まれてるからだ」と評し、それを聞いた神は「ヨブの持ち物を好きにしていい」と悪魔に許可を出します。

そうしてヨブは財産も家族も失い大病を患って…と地獄のような目に遭いながら信仰を試されていきます。

「この世には苦難もあるがそれと対峙してなお善を保てる人間の存在、人間の善性こそ神の作られたもの」というのが信仰ある人の受け止め方なのかなと思いました。(どうしても神様鬼畜すぎるよ!と思ってしまいますが)

 

◆鬼畜フリードキンだから撮れた傑作
ブラッティはフリードキンのことを「信仰心がない」「だけど正直な人」と評していて、エンディングなど不服に思うところもあったものの映画の出来は認めているようでした。

そしてフリードキンは過去に自ら行った鬼畜エピソードを語る、語る…

イラクでの撮影では106歳の老婆に6回NGを出してヘトヘトにさせた
・悪魔の声を演じる声優さんをイスに縛り付け、タバコ3箱吸わせて生卵飲ませて演技させた  

そんな人が「これは信仰心の映画です」と語っているのが何だか可笑しくて笑ってしまったのですが、そんな情容赦ない徹底したリアル追求主義が超絶真面目な信仰心探求のテーマと上手く溶け合って、「エクソシスト」をただならぬホラーにしたのではないかと思いました。

個人的には信仰悪魔うんぬんよりカラス神父のキャラクターと身内が病気になった辛さを克明に描くドラマの方に心揺さぶられます。

dounagadachs.hatenablog.com

エクソシスト」の考察は昔読んだ「映画秘宝」の特集が読み応えがあってすごく面白かった記憶があるのですが、部屋を探しても雑誌がどうにも見当たらず、もし見つけたら照らし合わせたいところです。

あとブラッティが監督したという「エクソシスト3」を観てないので、こちらも改めてみたい!と思いました。

 

闘病映画としてみる「エクソシスト」

全然ジャンルが違う作品ですが、先日鑑賞した「奇跡の人」は個人的にホラー映画の「エクソシスト」と似ているなあと思いました。

・突然我が子に異変が起こる
・訪問者が苦しむ少女と家族を救う
・サリバン先生はキリスト教の信仰者
・子供との取っ組み合いシーン

…など色々重ってみえるところがありました。

怖いホラー映画のイメージが強い「エクソシスト」ですが、リーガンのモデルとなった少年の症状は今では抗NMDA受容体抗体脳炎という病気が当てはまるのでは…と言われているそうです。

「観る人によって解釈が異なる」とフリードキン監督も語っていましたが、「エクソシスト」は〝闘病モノ〟〝医療ドラマ〟としてみるのも1つの楽しみ方なのかな、と思う作品です。


◆子供が突然病気になる恐怖

自分が初めて「エクソシスト」を観た際、もっとも恐ろしいと思ったのは冒頭、「悪魔が取り憑いた」と思わせる静かな場面でした。

不審な物音がして子供部屋の窓がなぜか開いている…ただそれだけで突然何の因果もなく災いがやってきたのだ…と分かるシーンがなぜかすごく怖かったです。

様子のおかしい娘を母親が病院に連れて行くと、「よく分からないが多分この症状なのでとりあえず薬出しときますね」などと言われてしまうのも何だかリアルです。

お医者さんが決して悪いわけではなく、明瞭ではない分野の病気があって確かな治療が存在していないというところが圧倒的ホラーです。

昔読んでいた映画秘宝という雑誌にて、
エクソシストで最も残酷なシーンは悪魔の特殊メイク云々ではなく子供が病院で精密検査を受けているシーン」
…なんて書いてあった憶えがあるのですが、確かにこういう場面が観ていて1番しんどい。

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検査の音は大きなノイズとなって耳に入りリーガンのストレスがそのまま伝わってきます。

そして小さな子供が物凄く痛い思いをして検査して大人数の医者が集まっても結局何もわからない。

正体不明の難病にかかるというのはこんな気持ちなのだろうか…と目の前が真っ暗になるような絶望感を味わされます。

 

子供に悪魔が取り憑いたというのを、いきなりの豹変ではなくじっくり観せてくるところが「エクソシスト」の素晴らしいところですが、「思春期にストレスが重なってリーガンのメンタルが病んでるだけなのかも」と思わせる丁寧な描写も秀逸です。

母親の仕事の都合で各地を転々と暮らす、1人遊びをしていることが多い、父親の無関心をなじる母の電話を1人でこっそり聞いている…とリーガンはどこか孤独な子供です。

母親のクリスは信仰心のない人として描かれていますが、特段悪い人とも思えません。

娘を思う気持ちは本物で、なりふりかまわず周りに助けを求めました。

その気持ちを汲み上げたのがカラス神父でした。

 

◆介護に悩むカラス神父

実質物語の主人公ともいえるカラス神父は親の介護で悩んでいます。

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お母さんは最初に足を悪くしたようで、それから外に行けなくなり地域から孤立。加えて認知が低下し始めたようで息子の話をきかないという姿が何ともリアルです。

イエズス会のサポートを受けつつ精神科医になった優秀なカラス神父。常日頃は人の悩みを聞く立場で、なかなか仕事もやめられない。ワシントンから少し離れたニューヨークまで毎日介護には行けない。

ギリシア系移民で貧しい子供時代を過ごしてきたと思われ、キャラクターのこれまでの人生、暮らしぶり、そのしんどさが克明に伝わってきます。

とうとう病状の悪くなったお母さんが入院する精神病棟のシーンもとても怖くて強烈に残る場面でした。

身内によい医療を提供できないという罪悪感、精神疾患を抱えた人の置かれる環境の厳しさ、優しい人さえ自分の愛する人がそうなった時に優しく出来ない姿…このシーンだけで怒涛の感情が押し寄せてきます。

なぜ人生こうもしんどいことばっかりなのかと信仰を疑うカラス神父。

しかしリーガンを救ったのはメリン神父ではなくこのカラス神父の方でした。

 

ブラックジャックでサリバン先生なカラス神父

悪魔祓いの歴戦の猛者だというメリン神父は密かに心臓病を抱えていましたが、教会の人たちはその実情を把握しないまま人事を決定しています。

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↑「墓掘るくらいなら元気!」とは限らなかった…

一方悪魔祓いの経験のないカラス神父は最後まで聴診器でリーガンを〝診察〟していました。その姿は聖職者というよりむしろ医者にみえます。

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原作小説では最後の闘いの前にカラス神父が子供時代に飼っていた犬の死を思い出す場面がありました。

病気でごはんを食べられなくなった飼い犬にミルクを飲ませようとするも上手くいかない…近所の男性からジステンバーだから早く注射するように教えてもらうもその矢先に犬は死んでしまう…

理不尽な死を嘆く姿と命を助けたいと願う強い想いが印象的でした。

 

ラスト悪魔との対決で心折れそうになるも、母親クリスの一言がカラス神父を再起させます。

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「娘は死ぬの?」……愛する人を失いたくないクリスの気持ちは、カラス神父の母親に対する思いと全く同じものでした。

信仰の垣根を越えた共感、同じ痛みが分かるからこそ何としても助けたいと願った献身が最後に子供を救ったというところに感動があると思いました。

その姿は同じ障害を抱えるものとして教え子を導いたサリバン先生や、自ら過酷なリハビリを経験したゆえに必死に生きる患者を助ける医師のブラックジャックのような人物像と重なります。


メリン神父と悪魔パズスの対決は運命めいたもののようですし、信仰心がテーマの作品なんだろうなあ…キリスト教の素養があればもっと広く深く楽しめる作品なんでしょうけど、病気、闘病を描いた作品としてみても心に迫るものがある作品だと思いました。


めちゃくちゃ強そうな師匠キャラのメリン神父があっけなく死んでしまってカラス神父が1人残されるところは、「うわあああー!!」と叫びたくなる怒涛の少年漫画的展開でバトル物的面白さも感じます。

カラス神父役の俳優さんは決してイケメンではないけれど、悩み苦しみながら戦いに向かって行く姿はヒロイックで、すごく色気と愛おしみを感じる主人公で大好きでした。

 

「奇跡の人」…ド根性サリバン先生のバトルと愛に涙

決して重くも暗くもなく、サリバン先生がカッコよくてラストにはスカッと明るくなれる作品でした。

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子供の頃図書館にあった「世界の偉人」の漫画でヘレン・ケラーの話を読んだ憶えがありましたが、有名な「み…ず…」の場面は言葉を初めて獲得したんだとその感動は子供にも伝わってくるものがありました。

生後6ヶ月で視覚と聴覚を失ったヘレン。

映画はお母さんが我が子の異変に気付く場面から始まりますが、赤ちゃんを映さず母親の恐怖の表情を捉えた見せ方が白黒映像も相まってまるでホラー映画…一気に引き込まれるオープニングでした。

 

◆言葉がないというストレス

その後成長したヘレンは手探りであちこち移動し、ご飯も手掴みで食べる。

しかし会話が全く出来ず癇癪を起こして暴れ回ってしまい、家族は疲弊していきます。

自分が普段意識せずやっていることの不都合さを想像するのは難しいことですが、自分の意見を的確に伝えられないとか、せっかくいい映画を観たのに貧相な語彙力で感想が浮かばないとか…
言葉がない、言葉を伝えられないということは人間にとって結構なストレスなのかなと思います。

言葉の概念すらなくただ内に感情の波が渦巻く世界。音も光もなくヘレンはどんな世界にいるのだろう…と説明描写なしでも子役の演技だけで想像させられるものがありました。

 

サリバン先生が現れると手でアルファベット文字を作り何度も手の触覚にそれを伝えて行きます。次第にそれを模倣するヘレン。

視覚がないのによく指の形を覚えて真似できるなあとそっちに驚いてしまいますが、感覚の幾つかが遮断されても人間の脳は思いもよらぬ適応をみせるものなのかと神秘的にすら思えました。

しかしそれが物の名前を表しているということが理解できない。

なぜ模倣ができるのにそのことが理解できないのだろう…見ていてもどかしくサリバン先生も葛藤しますが、それでも諦めずにひたすら反復する。

1万回ダメなら1万1回目もダメだろう、でも2万回やってやるわ!!みたいなある種のスポ根精神を感じさせるドラマに奮い立たされます。

ヘレン・ケラーはその後の人生の逸話をとっても、元々相当頭のいい人だったんじゃないかと思わずにいられませんが、初めの1歩になったサリバン先生の努力が奇跡だったんだなーとラストのWaterの場面は知っていても涙が止まりませんでした。

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◆厳しいしつけって難しい

途中サリバン先生がヘレンを「椅子に座ってスプーンで食べるように」と躾ける場面がありますが、このシーンがとにかく壮絶でした。

もう殴り合いの格闘戦!今だと「虐待だ」と通報されそうな大乱闘。

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家族はヘレンに同情して甘やかしていたけれど、サリバン先生だけが彼女を対等な人間としてみて「生活すること」を教えようとする。  

人間辛いことがあって「自分だけが」と心を閉ざして楽な沼に浸かろうとするのは大人でもそうだと思います。ヘレンの姿は障害のありなし関係なく考えさせられるものがありました。

また両親が子離れできず過保護になってしまう姿もリアルでした。

人生をサポートすることと依存は違うけれど、1歩間違えるとこういう落とし穴にはまってしまうというのはどんな子育てでもあり得ることなんじゃないかと思いました。

あるいは子育てでなく仕事でも、特定の仕事が特定の人に集中していたりするとあとで困ったりする…けれど人に伝えて残していくということはそれだけしんどい、労力のいることのような気もします。

相手とぶつかっても根気よく向かい続けるサリバン先生の姿勢に圧倒されました。

 

◆サリバン先生の過去

サリバン先生自身も弱視で障害を抱えていたというのは有名なエピソードですが、本作では劣悪な環境の施設で育ったという過去も描かれていました。

ヘレンの方がずっと障害は重いけど、ヘレンは両親に愛され、家は裕福で家庭教師を雇える。外の世界と繋がり学ぶ機会が用意されていたという点では、弱者であるけどサリバン先生より恵まれた存在ともいえます。

同じ障害を抱えたものとしてヘレンの孤独が分かった。より過酷な環境にいたからこそ学ぶことの貴重さを知っていた&その中で自分が知った学ぶ楽しみを伝えたいという思いがあった。損得勘定なしの無償の愛が最後に打ち勝ったのではないかと思いました。


オスカーを受賞したという主演2人の演技は素晴らしかったし、ヘレンの家族の人たちもいい味出してました。

お父さんの方は最初はすごい距離感だったけど娘を愛する気持ちは本物ではあって、南部の頑固親父が北部女性のサリバン先生と和解する、というドラマもアメリカ映画のハッピーエンドらしいなあと思いました。

実際の出来事より多少脚色されてるんだろうけど、100分ほどでさくっと観れる作品にまとまっていてとても良かったです。

 

「ターミナル・ベロシティ」…ムチャぶりナタキンと空飛ぶチャーリー・シーン

ヤンチャ坊主チャーリー・シーンとミステリアス美女ナスターシャ・キンスキーが怒涛のスカイアクションで魅せる…!!

画質ゴミのDVDしか出てませんがどうしてなかなか光る90年代アクション映画だったのではないかと思う1本です。

ターミナル・ベロシティ [DVD]

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チャーリー・シーン演じる主人公、ディッチ・ブロディはスカイダイビングのインストラクター。

ビル街で勝手に空中スタントして訴えられるというかなりのお騒がせ者。

↓↓パリピな衣装で派手に登場。

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めちゃくちゃ本人っぽいキャラですね。会ったことないけど。

ある日ディッチの職場に「初心者だけどスカイダイビングやってみたい」という美女クリス・モローがやって来ます。

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ウハウハで付き添うチャーリー・シーンでしたが、上空6000メートル行った矢先、クリスの一声でふと外に目を離すと彼女はなぜか1人で落下!!

慌ててディッチも後を追いますが、なぜか安全ベルトも作動せず彼女は地面に叩きつけられて死亡してしまいます。

手の込んだ自殺だったのか何なのか…事件性を疑われディッチの下には警察や検事がやって来ます。前半はヒッチコック・サスペンスみたいで面白い。

事故当時周辺を映していたというビデオテープを確認するともう1体飛行機が近くを飛んでいたことを発見、その機体を追うと死んだはずのクリスが…!!

先の事件のトリックは「飛び降りたと見せかけ飛行機の尾翼に捕まり、別機が既に死んでいる遺体をフェイクで落とした」というものでした。

しかしなぜそんなことをしたのか語られないまま、「私が生きてるって警察に証明したかったら言うことを聞きなさい」とナタキン様が無茶を要求。

謎の基地に潜入して謎のシリンダーを回収してくるよう命令されます。

この辺の展開は実にザルですが、お姉様キャラのナタキンがアホの子チャーリー・シーンをいいようにこき使うという画がただただ楽しいです。

GS美神」の美神さんと横島くんのような…「チェンソーマン」のマキマさんとデンジのような…

儚く妖艶な美しさのナタキンですが、本作はテキパキしたカッコいいミステリアス美女がハマっています。

 

無事目当ての物品を回収したかと思いきや、敵に囲まれ銃撃戦になり、気前よく大きな銃火器がたくさん登場。

「5つ数えるわよ。」「1、2…4!!」「3は?」「時間がないの!!」

アホみたいな掛け合い、今みるとめっちゃ「ナイト&デイ」やな。

そしてたまたま近くにあったロケットエンジン搭載のテスト機に乗り込みます。

時速560キロ、重力を食らいながらレールあるとこギリギリまで行って脱出!!

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迫力のシーン。

2人の逃避行が始まり身の上話が披露されますが、ナタキンはロシアの元KGBだと判明。

「ロシアに行ってみたかった。本当はオリンピックで金メダルを取るはずだったんだ。」実は元体操選手だったというディッチの過去も明かされます。

一方肝心のシリンダーの中身はロシアが秘密裏に着陸させたある飛行機の飛行記録を載せたものでした。

その飛行機には大量の金塊が載っていて、ナタキンの仲間の元KGBの面々が強奪しようとしているのだといいます。

「奴らが権力を握ったらまた冷戦に逆戻りよ!!」007然りソ連崩壊後の90年代映画って敵役いなくなって困ってるのかと思いきや色々考えるなあ。

しかし!!ここまでアホの子だったチャーリー・シーンなぜか急に賢さがアップ。

「今まで君を抱きたいと思って黙って聞いてたけど、その話ホントだって証拠あんの??」

疑うことは大事だけど言ってることクズやな。

そんなディッチを見捨てて世界平和のために1人敵に向かっていくナタキン。

残ったディッチでしたが、彼女が自分無罪の証拠を用意してくれていたことを知って、彼女の後を追いかけます。

 

ここからが超絶怒涛のクライマックス…!!

金塊とナタキンの乗った軍用機を小型飛行機で追っかけ、まさに体操選手な技で敵機に乗り込むチャーリー・シーン

トランクに閉じ込められて車ごと飛行機から落とされてしまうナタキン。パラシュート着込んだチャーリー・シーンが自分も死にそうなのに必死で助ける…!!

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落ちる彼女を助けられるか、冒頭を見事に再現し、念願のタンデムジャンプを達成!!

着地地点が断崖絶壁&風力発電の風車地帯というロケーションで、ハラハラドキドキ連続の贅沢なミルフィーユになってるのが素晴らしいです。 

敵機は間抜けにエンジン損傷して落下しますが、最後にボス役ともう一悶着あるのがしつこい90年代映画っぽい。

ラストのこのスカイアクションシーンだけでもう大満足な映画です。

 

ラストはナタキンの故郷だというロシアへ行き、国家を救ったと2人とも叙勲されます。

スターウォーズエピソード4」くらいファンタジーやな!!とツッコミたくなりますが、しかし金メダル欲しかった元体操選手が念願のメダルゲット…上手い、座布団3枚!!と称えたくなってしまいます。

 

監督はずっとジョン・バダムだと思ってけど違った。

脚本はデヴィッド・トゥーヒー…ってこの人「アライバル/侵略者」の人だ!!

脚本の段階からチャーリー・シーンを使うって決めてたのかな、と思う位彼のキャラを生かした映画でしたが、意外な主演の組み合わせが美味しい1本でした。

 

「ジャッジメント・ナイト」…エミリオお兄ちゃんとスラム街で逃走中

チャーリー・シーンのお兄ちゃん、エミリオ・エステベス

弟より爽やか&優しめな印象ですが、80年代~90年代の彼の出演作は意外に掘り出し物が。

この作品も地味ながら光る大好きな1本です。

ジャッジメント・ナイト [DVD]

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冒頭は陽気な音楽が響きながらシカゴの平和そうな住宅街がゆっくりと映されていきます。

エミリオお兄ちゃん演じるフランクは、妻と生まれたばかりの娘と3人暮らし。

久しぶりに昔の地元の友達と遊びに出掛けたいと妻におねだり。「3ヶ月も外出してないのは私の方よ」と赤ちゃん抱えつつ気前よく送り出してくれる優しい妻。

しかしこの友達連中がなかなかの問題児ばかりでした。

会社経由で大嘘ついて無料で車借りてきたレイ(ジェレミー・ピヴェン)。
美人を見かけるや見境なくナンパするマイク(キューバ・グッディング・Jr.)。
地元じゃ札付きのワルと有名なフランクの弟・ジョン(スティーヴン・ドーフ)。

どうやらエミリオお兄ちゃん自身も昔はかなりのヤンチャさんだったようですが、所帯を持って丸くなったみたいです。

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バブリーなサロンカーに乗る4人。

しかし飲酒運転するわ、高速横入りするわ、とエミリオお兄ちゃん以外はやりたい放題。

ホラー映画だと真っ先に殺されんぞ!と思って観てるとこの後きっちり惨劇が訪れてくれます。

 

ボクシング観戦に行く途中だった4人は渋滞に耐えられず、近道にとスラム街へ車を進めました。

するといきなり飛び出して来た人を轢いてしまう…!!慌てて車を降りると男は撃たれて血を流していました。

放っておくわけにはいかないと病院に届けようとした矢先、ギャングのような集団が現れ、男を目の前で射殺。

目撃者になったフランクたち4人も後を追われ、地獄の追いかけっこが幕を開けます。

 

本作で素晴らしいのは何と言ってもスラム街の雰囲気。

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道路にはゴミと塵が舞い、建物はまるで廃墟。パトカーを呼んでも見捨てられたように来ない。

「俺たちの家から10マイル離れていない」冒頭に出た平和な住宅街とは「パラサイト半地下の家族」並みの雲泥の差があり、闇を感じさせます。

途中電話を貸してくれとアパート住人に声をかけると…

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バットと包丁を持って構えて出てくるお姉さん2人。どんなマッドマックスな世界だよ、とツッコミたくなります。

いい洋服を身につけたフランクたち4人は完全なる〝よそ者〟で、関わってはいけない土地系ホラーにも似た空気が流れています。

途中ホームレスの人たちが生活している車輌置き場に逃げ込むも、助ける代わりに金品を1つずつせびられるシーンなどは冷たい恐怖で胸がいっぱいになります。

 

一方アクション映画としてはドキドキハラハラの連続で気前のいいつくり。

冒頭からサロンカーは大破してしまいますが、小道に挟まった車をバリケードにしてギャングたちから逃げるシーンからしてなかなかの迫力。

逃げ込んだアパートを押さえられ、屋上から梯子で脱出する場面はハラハラ。

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さらには下水道へとロケーションを変え追跡劇を展開。

追われっぱなしでたまるか!何かいい武器はないか?「あったよ!鉄の棒が!」と反撃に出る攻防戦もドキドキ。

不良じみた仲間は一向に当てにならず、世帯を持って丸くなったはずのエミリオお兄ちゃんがかつてのヤンキーな自分を思い出し敵に立ち向かっていく姿はどこか西部劇的な感じがします。

敵ギャングボス、ファーロン役はデニス・リアリー

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しつこくネチネチと追い詰めてくる90年代らしい悪役。トチ狂った男ではなく話通じそうで通じないってとこがいいです。

手下役のピーター・グリーンジム・キャリーの「マスク」で悪役だった人)も印象に残る顔でした。

正直敵ボスはここまでしてフランク達を追わなくても良かったんじゃと思うのですが、仲間の中で1番クズのボンボン、レイがファーロンと交渉する場面がありました。

「10万ドルやるから見逃してくれ」和やかに話がつくかと思いきや翻ってレイを始末するファーロン。

〝持っている〟レイの「金さえあればなんでも」の不遜な態度が〝持たざる者〟を意図せず激昂させてしまった…緊迫感たっぷりの駆け引きでした。

 

クライマックスは男の肉弾戦、だけどロケ地は深夜のスーパー(笑)。

一見B級ながら「悪魔の追跡」や「脱出」のような孤立感を感じさせる怖さがあって、90年代アクションの朗らかさと程よくミックス!!

なかなかの良作だったと思います。

 

「レッド・ドラゴン」と「刑事グラハム」を見比べてみた

羊たちの沈黙」の前日談にあたる「レッド・ドラゴン」。

映画はさておきトマス・ハリスの作品の中ではこれが1番面白いんじゃないかなーと思います。

 「羊たちの沈黙」のクラリスがタフな野心家だったのに対し、「レッド・ドラゴン」の主人公グラハムはもっと脆く繊細。

話している相手の癖を無意識に真似てしまうなど、病的と言っていい程の高い共感能力を持った男。本人は静かに暮らしたいがFBIがその能力を放っておかず、精神同調するかの如く犯人の思考をトレースしていく。

81年当時こういうプロファイル捜査モノの走りだったのでしょうが、主人公を通して異常な犯人の目線をジャックしたような感覚にヒリヒリします。

犯人は「羊たちの沈黙」でのバッファロー・ビルもトラウマを抱えた人物だと描かれてましたが、「レッド・ドラゴン」のダラハイドはもう1人の主人公と言っていい程掘り下げられていました。

障害を抱えて生まれ、母親に見捨てられ、祖母から苛烈な折檻を受け…と陰鬱なお話ではあるのですが、子供時代の強烈なストレスがずっと本人の中に残っていて、差別を受けた怒りと劣等感が澱のようにたまっている。

終盤の「絵を食べる」という狂気の行動も本人の中では理にかなった行動であって、単なるバケモノになっていないところが魅力でした。

 

レッド・ドラゴン」は1985年と2002年に2度映画化されています。

マイケル・マンが撮ったという85年度版「刑事グラハム」をずっと観ていなくて、気になっていたのを初鑑賞。

2本比較してみたいと思いますが、まずはメジャーな2002年版から。

 

レッド・ドラゴン

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監督は「ラッシュアワー」のブレット・ラトナー。脚本は「羊たちの沈黙」と同じテッド・タリー。

分かりやすくザ・エンタメでまとめられてて、良く出来てるのではないかと思いました。

好きな俳優だけど個人的にミスキャストだと思われたのはエドワード・ノートン

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自分の原作のグラハムのイメージは〝変わり者の不器用なおっさん〟だったんだけど、どうしても頭いい器用なエリートにみえてしまう。

若干ベビーフェイスだからか若くも見えて、お歳を召したレクター博士とまるで父子、もっと対等なおっさん同士の対決の方が良かったかなあと思いました。

もう1人ハーヴェイ・カイテルもリーダー上司にはとても見えずイメージが違いました。前作のスコット・グレンがビジュアル的にピッタリだったけど、年齢的に無理だったのかな。

 

反対に素晴らしかったのは、盲目の女性・リーバ役のエミリー・ワトソン

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障害を抱えながらも自立心があり、孤独な胸中抱えつつ他者を思いやる優しさと強さを持っていて…原作にも忠実な人物像でこの人の演技を観てるだけで涙出てきます。

色気を感じさせるところも良かったです。

ダラハイドがかなり美形っていうのはどうなんだろう、と思ったけど端正な顔立ちのレイフ・ファインズが自分を醜く思ってるっていうのが闇を感じさせて不気味な気もしました。

出番が大幅に削られてしまっていたのはクズなマスコミ記者ラウンズ。
原作では彼も嫌な人間ながら気骨があり、自分なりのポリシーで仕事やってることが分かって中々悪人とも切り捨てられないキャラなのですが…
やさぐれた感じとかこういう記者いそうとリアルでフィリップ・シーモア・ホフマンもすごい良かったです。

 

ダラハイドの過去は深く説明されませんでしたが、グラハムの「日記を読んで胸がつぶれた」という台詞、ダラハイド家の不気味な家屋のセットがよく出来ていて、上手く補完されてるなあと思いました。

ラストにグラハムがダラハイドの祖母の物真似してピンチを切り抜けるところも原作の台詞そのまま持ってきてて、ああいう演技はエドワード・ノートンもめっちゃハマってました。

原作のグラハムは顔を撃たれてアルコール中毒になるという悲劇的な末路ですが、こっちは負傷も少なく家族の元に戻るというあっさりした明るいエンディング。

陰鬱度は控えめ、「羊たち」に比べると劣るけどこっちもまあまあ上出来なんじゃないでしょうか。

レクター博士は出番が増え、冒頭から逮捕劇みせてくれるところも次作にバトン繋げたエンディングも嬉しいファンサービスだと思いました。


お次は85年度版、刑事グラハム。2002年度版と上映時間はほぼ変わらず2時間、マイケル・マンが脚本監督ですが…

 

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刑事グラハムって言うけどグラハムは期間限定FBI捜査官で刑事じゃないよね…と不安になるタイトルですが、原題はManHunter。適当につけられた邦題っぽい。

グラハム役の俳優さんはテレビドラマで有名な方みたいだけど、個人的にはこっちの方がイメージぴったり!

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暗いおっさんが被害者宅でボソボソ呟きながら捜査、時々興奮して大声出す…とても危なげで良かったです。

レクター博士役はブライアン・コックス

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うーん、普通のおじさんにしかみえない…

アンソニー・ホプキンスでイメージついちゃうと物足りなくてしょうがないです。独房の雰囲気も猛獣かの如く隔離されてた「羊たち」のセットにはただならぬ緊張感があってよかったです。

 

ダラハイドは中々登場せず、ラウンズ殺害の場面でようやくその姿をみせます。この見せ方は不気味でいいなあと思いました。

そして今回のダラハイドは美形じゃなくて、かなりの長身で孤独感漂よう男。

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原作のイメージはこっちだなあと思ったのですが、肝心のリーバとの恋愛ドラマが大幅カットされてました。

「車で送っていく」の直後から動物園のシーンになっているのは強引すぎる。

2人が惹かれあって、そして生まれて初めて愛した女性を守ろうと葛藤するところにドラマがあったと思うのですが…

ブレイクの絵を食べに行く場面も消滅してて、薄っぺらい異常者になってしまってました。

 

加えてグラハムの人物像も後半原作とかけ離れたものになっていました。

「望まないのに事件に駆られる男」だったのに自分から積極的に作戦にどんどん参加。

「男には家族を置いてでもやらねばならんことがある」というマイケル・マン的男の世界が炸裂!! 

面白いけどこれグラハムじゃねえという展開になってました。

映像はオシャレできれいな画が多かったです。

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FBIや市警とチームになって手紙を分析する前半の雰囲気などは硬派な仕事人ドラマの空気に満ちていてすごく良かった。

原作気にせずマイケル・マンが好き!!という人は楽しめる作品になってるのかもしれませんが、それにしても後半の脚本が雑ではないかと思いました。


それなりにボリュームのある原作の映画化はどうしても脇キャラクターのエピソードなどカットせざるを得ないものだと思います。

羊たちの沈黙」同様、結局美男美女のラブストーリーでザ・ハリウッドって気もしますが、2002年版の「レッドドラゴン」がダラハイドとリーバのドラマ部分はカットせずにほぼ全再現させていて、そこに焦点を絞ってたのは良かったなあと改めて思いました。

クラリスに負けない魅力あるキャラクターのグラハムが、ジョディ・フォスター並にしっくりハマる人に出会えてなかったのは残念。

マッツ・ミケルセンの演じてるレクターはどうなんだろう…ここまでスピンオフ化してれば、別モノとして思い切り楽しめそう。

グラハムも出てるみたいでこっちのはどんな人だったんだろうと気になります。

 

「羊たちの沈黙」原作再読/乙女ゲーのようなときめきとタフな仕事人ドラマ

子供の頃テレビ放映されてたのを観たのが最初でしたが、「美女と野獣」の変形ラブストーリーなどと言われるだけあって、レクター博士クラリスの微妙な男女関係にドキドキ。

映画も原作も好きで何度も手にとった作品でした。

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事件解決の情報を得るため殺人鬼と接触するクラリス…さながら気難しい男の好感度を上げてく乙女ゲーのようで、雨の日にタオル差し出してくれるレクター博士ツンデレっぷりにドキッ。

囚人と捜査官、父娘のような年の差と高いハードルを挟みつつ、お互いの内面を認め合い心通わせる姿に胸が高鳴りました。

先日2012年に発売された新訳版の原作を遅ればせながら読む機会があったのですが…

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↑左が菊池光訳の旧版、右が高見浩訳の新版。

新しいのは上下巻に分けられ文字も大きくなって物凄く読みやすくなっていました。

クローフォドには、優れた知性とはべつに独特の頭のよさがあって、スターリングはまず、FBIのクロゥン培養的な捜査官の服装の中にあってすら、彼の衣服の色彩感覚や生地の好みにそのことを感じた。
今の彼は羽毛の抜け替わり時のように、きちんとはしているが魅力がない。

(菊池光訳より)

クロフォードという人には、本来の知性とは別な一種独特の洒脱さがあって、クラリスが最初にそれに気づいたのは彼の服装の色彩感覚や生地の選び方に目が止まったときだった。
きょうの彼の身だしなみは、きちんとはしていても、どこかくすんでいる。脱皮しかけている虫のように。

(高見浩訳より)

旧版はカナ英語の表現に気取った感じがしたり、今読むと古めかしいところもありますが、硬派な文体がキャラクターたちのストイックさとマッチしていい感じ。

新版は全体的に柔らかめな印象になってますが、軽いという程でもなく自分はこっちもありだなーと思いました。

どっちが好みかと言われれば旧版だけど、分かりやすくサクサク読めるのは嬉しかった。

 

原作と映画を比較すると、映画はレクターとクラリスの関係にスポットをあてて2時間でテンポよくまとめてるなーと思う反面、脇キャラクターの緻密な描写は大幅にカットされていて惜しくも思われます。

特にクロフォードは映画だけみてると「部下をいいように使う冷淡な上司」「クラリスをみる目線があやしい」とあんまりいい男に見えないのですが、原作を読むとクラリスの優秀さを認めていて2人が信頼関係で結ばれてることがもっと伝わってきます。

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私生活ではずっと妻の介護をしていることも分かって、その大変さをおくびにも出さず仕事に徹するプロフェッショナルの精神が凄い。心から愛していた妻を看取るシーンの喪失感には胸がいっぱいになりました。

仕事のできる上司も組織の中では万能ではなく、しがらみもありつつ協力的な人を探してやるべきことをやらなければならない…硬派な仕事人ドラマは原作の方が分かりよく伝わってきました。

 

ときに不愉快な男の目線にさらされながら、基本どこ行ってもモテモテなクラリス

数多の男性が彼女に心を寄せてましたが、射撃教官のブリガムが個人的には一推しでした。

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↑映画だとこの人かな。ほぼ出番なし。

利害や組織の思惑とかけ離れて親身にアドバイスをくれる。ピンチに立たされたときには上に一言申して庇ってくれる。

決してクラリスから見返り期待してるわけじゃなく、海兵隊出身の硬派な男が無自覚にクラリスを好き…ってところに胸キュンしてたのですが、続編の「ハンニバル」ではクラリスに告白して振られてるわ、冒頭に射殺されるわ、とめちゃくちゃ悲しかったです。

他にも死体から発見された蛾の特定に動いてくれた博物館のピルチャーとロドゥン…この2人は映画でも独特の印象を残してましたが、原作を改めて読むと結構出番が多かった。

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↑眼鏡をかけていないのがピルチャー

「2人の男に会ったとするわ。いつも、好きでない方が電話をかけてくるのよ。」真面目なクラリスもこんなガールズトークするんだーと思って面白かったけど、ピルチャーさんの方が気遣い屋さんでいい男。

原作のラストではクラリスは何とこのピルチャーと結ばれてました。最も家庭的で平凡そうな男を捕まえつつも最後にやって来るのはレクター博士の手紙…

またクラリスは新たな子羊の悲鳴を聞いて戦い続けるんだろうなーとこのラストで完成されていて「ハンニバル」要らなかったなーと思ってしまいます。

 

映画は小柄なジョディ・フォスターが男たちに囲まれている画が印象的だったと思います。

クロフォードがクラリスを利用して保安官を人払いするシーンがありましたが、その後「あなたの態度が警官たちの指針になる」と一釘刺すところは、クロフォードに信頼があるからこそ言えたのかもしれないけどクラリス強いなあ、カッコいいなあと思いました。

クラリスの過去の告白、「子羊が殺された」は性的虐待を受けたことの暗喩なのだと昔映画秘宝という雑誌で読んで驚いたのですが…成程そう言われるとそうとしか思えなくなってしまった…

抱えるトラウマが故に救世主たろうとする主人公の善良さがヒロイックで、少年漫画のキャラクターのような魅力を感じます。

最初の被害者を洗い出す場面など小説の方は非常によく出来ていて、アメリカのさびれた田舎町に生まれた女性の選択肢の少ない人生、そこに横たわる閉塞感…被害者女性の生活を心でトレースし手がかりを掴むのが白眉でした。

捜査モノとしては加害者に同調して事件を追う「レッドドラゴン」の主人公の方が鬼気迫っていたと思いますが、女性捜査官が女性被害者を想い、その努力が最後に報われるのに最高にスカッとします。

 

レクター博士アンソニー・ホプキンスが完全に原作を喰っていて圧倒的すぎた。

瞬きもしない全てを見透かしたような眼差し、人間超えたかのような知性ある佇まい…

あまりにも魅力的だったために続編の「ハンニバル」はレクターをヒーロー化しすぎた作者の二次創作みたいになってしまっていて残念です。

あれだけ知的な紳士なのに脱走シーンでとんでもないことやらかす振れ幅が予測不能でドキドキでした。

どちらかというと映画は主演2人の美しさもあってロマンチック要素が強く、原作の方がタフな仕事人ドラマという印象ですが、どちらも素晴らしく両方併せて楽しめる作品でした。